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【ノースカロライナ発砲事件】銃から永遠に逃れられないアメリカ

いつまで繰り返されるのか?
今回は小規模とはいえ、2名が銃によって、また犠牲が出てしまった。アメリカのノースカロライナ州の大学で学生が構内で発砲し、4人の負傷者の内、3人が重傷者となり、さらに2名が命を落とした。命を落とした一人が学生で学生である容疑者に逃げることを選択せず、立ち向かった結果、近い距離で撃たれた。その時に、容疑者を相手にタックルしたが逮捕された助けとなったという。

悲劇が繰り返されていても、悲劇が起きないように銃を持たなければならないというロジックになるのが主流のアメリカだ。その考え方は間違っていないのかもしれないが、結果的にこれである。この国の歴史と文化そのものなのだろうと思う。覇権国家とはいえ、建国から約250年のまだまだ若い国だということなのか?筆者はアメリカを否定するつもりもなければ、嫌いというわけでもないがこれがアメリカの現実でダークサイドだということを言いたいわけだ。オバマ前大統領も何らかの規制しようとしたが、最後までできなかった。国家元首たる大統領ですらそう思っていても銃を規制することは生半可なものではないということがわかる。ちなみにトランプ大統領は銃規制に反対の立場だ。

よく議論になるのが、「銃ものものが悪いのか?」それとも、「銃を持つ人間が悪いのか?」というのがある。筆者が思うに銃という道具は生き物を殺めることを目的に作られたものであることをまず認識しなければならない。その上でどう扱うかが問われると思う。自分を守る為か?誰かを守る為か?それともとにかく命を奪うためか?
これで考え方でいくと銃を持った人間次第で銃は善にも悪にもなるということだ。包丁は人を殺めることができる道具だが、しかし、人を殺めることを目的に作られた道具ではないが扱い方で結局は善にも悪にもなってしまう。

気づいたらだいぶ、哲学臭くなったので、ここまでにする。(笑)

筆者が思うに、最後は価値観の問題なのだと思う。一部のアメリカ人の自己防衛のために、銃を持つという言い分も理解できるが、やはり民間人が武器を持つことに関しては厳しくする必要はあると感じる。

それにしても、このような事件を毎回、見るたびに残念な思いだ。




※上記はにわかの個人的な見解と感想です。
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